記事作成日:2022年11月22日

妊娠反応が陽性となったら・・・
変化する体調を整え、仕事をうまく継続し、出産前後の準備をする必要が出てきます。
夢もお腹も徐々に膨らみますが、問題も出てきます。
ここでは、一般的な妊娠経過についても再確認した上で、以下3点をご紹介します。

1一般的な妊娠初期~中期の経過

①妊娠成立~妊娠11週末

最終月経初日を0週0日と考えて、7日を1週とし、40週0日(280日)がおおよその分娩予定日です。排卵が2週0日に生じて妊娠成立した仮定での計算なので、月経周期が長い・不定などの場合は排卵がずれるため、修正が後で必要になります。

妊娠3~4週で市販の妊娠検査薬の妊娠反応は陽性に出ますが、産婦人科で子宮内に胎嚢など所見が見えるようになるのは5~6週頃。つわりが始まるのもこの頃からです。子宮外妊娠の可能性を否定するためにもこの頃には産婦人科を受診してください。婦人科定期検診を受けていなかった方は、その時に卵巣腫瘍や子宮筋腫が見つかったりすることもあります。切迫流産(下腹痛・性器出血・絨毛膜下血腫)症状も生じやすく不安定な時期です。

7~8週で児心拍が確認出来たら、その後の流産率は下がりますので、ひとまず安心です。妊娠10週前後で妊娠届を役所に提出し母子手帳を交付してもらい、妊娠初期検査を受けることが多いです。

②妊娠12~15週

妊娠12週以降の流産率は諸説ありますが3%~おおよそ12%と低くなります。しかし、まだ胎動の自覚はないため、自分では胎動による児の生存確認はまだできません。

③妊娠中期(16~27週まで)

比較的安定します。18~20週で胎動を自覚出来るようになりますので、胎児の生存確認が自分で出来るようになり、安心感を得られます。16週を過ぎると安定期に入った、と一般的には言われますが、「正直、妊娠には安定期はないと考えていただきたい、妊娠・出産が終了して1ヶ月健診が終了するまでは気を付けて」と、常々産婦人科医は思っています。

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2職場への妊娠報告について

妊娠された方へ

職場の上司への報告のタイミングはどなたも一度は迷うのではないでしょうか。もともと医師という職業柄、責任感が強く、休みを言い出しにくいですよね。妊娠初期はまだ流産になる可能性があるため、確実に安定してから報告したいですよね。しかし、性器出血やつわり症状なども生じやすい時期です。サポートを受けるには、上司への報告と仕事の調整をお願いする必要があります。上司もいろいろで、周囲の妊娠出産例が少ない場合は、どのようなサポートがどの時期に必要かという知識が不足しているかもしれません。早めの報告があると、仕事の差配・当直対応などへの急な対応が減り、じっくり対策を練る猶予ができ、周囲への負担も軽減することが予想されます。

また、このマネジメントは今後の管理職には必須の知識とスキルになります。上司・同僚と一緒に対応法を考え、乗り越えることは全員の貴重な経験となり、また自分が支える立場になる将来へつながると期待します。

多くの場合は、結果的にサポートが必要となりますので、妊娠がわかったら、上司と職場の人事・総務担当者に相談することをお勧めします。体調が悪い場合はもちろんですが、迷う場合も、胎児心拍が確認できたら報告をお勧めします。特に放射線業務が多い診療科であれば、妊娠が疑われる段階で念のために配慮をお願いすることも1つです。また、妊娠経過は個人差がありますので、どの程度が大丈夫なのかを周囲が知るのは困難です。しかし、そこがわからないと、上司も判断しにくく、適切な対処を出来ないかもしれません。上司と定期的に現状報告の場を持ち、どこまでは出来る、このように工夫したらここまでは出来る、など自分が周囲に協力出来得る点を自ら提示、また状況が変化したら都度相談出来ると良いですね。その方が、お互いにより満足度の高い協力案を出せると思います。

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上司・同僚の方へ

妊娠を「自分ごと」として考えるのは、同性であってもなかなか難しいことが多く、異性であれば尚更です。どうしてあげたらいいのか?サポートはしてあげたいもののわからない、サポートする立場の同僚の状況も考慮すると、現状の人数での仕事を再配分するのは難しい!など、並々ならないご苦労もあるでしょう。

妊娠・出産へのサポートも経験と知識が必要です。チームでのマネジメントには仕事の過程の簡素化・削除や今まで慣例であった仕事のプロセスの改革まで必要になり得るかもしれません。医師国家試験合格者の女性比率30%超が通年となった現在では、妊娠・出産へのサポートは管理者に必須のマネジメントになりつつあります。

妊娠したとはいえ、「その女性医師が医師として働く意欲を失っているわけではない」という点にも理解を示していただけたら、ありがたいです。出来得る業務を仕分けし、担っていただくことで、チームとして、また医師としての成長を促すことは、その女性医師の出産後の医師のキャリア継続の姿勢に強く影響を与えることが期待されます。ただし、体調は個人差が大きく、急に変化し得るものであるため、前例を踏襲する画一的なものでなく、診療科による特性も踏まえつつ、本人がどの程度まで可能かの判断をよく聴取してあげることが重要です。本人・上司が定期的に、また互いに見直しの機会を作ってはいかがでしょうか。上司は部下から、部下は上司からの相談を待っていながら、言い出しにくい状況も多くあると思います。放射線業務・当直業務につきましては、3)の用語解説をご参照ください。

また、サポートしていただく立場の同僚の方たちに対しても、出来れば負担だけでなくメリットもあることが望まれます。余裕のある優しい職場では希望が叶う、上司・同僚の善意に頼る、というのでは根本的解決になりませんから、システムでの解決が理想です。職場によっては難しいのが現状だとは思いますが、他業種では既に導入している分野があることから、医師の社会においても今後重要な課題になることが考えられます。同僚の方たちが望んでいるものがそのサポートすることで得られるのでれば、お互いに一番望ましい関係を作れるでしょう。それが、何なのかは個人個人で異なるでしょうが、同僚の方々にもヒアリングを行い、出来るだけそれに配慮した業務仕分けを行うことで気持ちよく協力を得られやすくなると考えます。

サポートしていただく同僚の皆様、どうしても仕事の配分や内容が通常時より負担が多くなることが予想されます。医師としてのキャリアを歩む途中で、妊娠だけでなく病気・介護など何らかの個人事情で、一時的にペースダウンしないといけない時期が来る可能性は誰にでもあります。未来の自分をサポートする気持ちで、是非こころよく協力をお願いいたします。

前述の通り妊娠報告は、プライベートなことであると同時に不確定要素があるため、遅れがちです。その後のマネジメントを考えると、早めに妊娠を報告しやすい状況を普段から作る方が、お互いのためになるでしょう。上司の方は、普段からメンバー全員に「妊娠は誰にでも起こり得るイベントである。当科は妊娠となってもサポートする!」と折に触れて度々表明していただくと、報告へのハードルが下がるのではないでしょうか。

積極的に対策をすることは女性医師のみだけでなく、介護・病気などで一時的に業務を減らさざるを得ない医師への対応にもつながります。

妊娠・出産例に対応した具体例を病院・診療科の垣根を超え、管理者同士共有できる場があると参考にできるのではと考えます。このマニュアルの体験談もその1つとなることを期待して執筆者に依頼させていただいています。参考にしていただければ幸いです。

3起こり得る困りごとに対処するための用語解説

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【流産】

妊娠22週0日未満での胎児死亡を流産と定義しています。
流産率はみなさんの予想以上に高く、医療機関で確認された妊娠の15%前後が流産になります。また、妊娠した女性の約40%が流産しているという報告もあり(本人が気づく前に流産となってしまっている、も含む)、多くの女性が経験する疾患です。
妊娠12週未満の早い時期での流産が8割以上であり、ほとんどを占めます。
(以上、日本産婦人科学会ホームページより抜粋)

胎児心拍が確認できた後の流産率は下がりますが、心拍確認できた場合でも母体の年齢の上昇とともに流産となる率は上昇すると示す論文報告もあります。

【切迫流産】

胎児が子宮内に存在し、流産しかかっている状態を切迫流産と言います。妊娠12週までの切迫流産に対しては有効な薬剤はないとされていますが、絨毛膜下血腫(子宮内に出血し、血の塊が存在する)がある切迫流産では安静が有効とする報告があります。妊娠初期は出血・腹痛を伴いやすく、かかりつけ医より休業・自宅安静を指示される場合があります。

【器官形成期】

妊娠初期(妊娠4週~7週頃)は胎児の中枢神経をはじめ、心臓や手足、目や鼻など主要な器官を形成する時期にあたります。この期間は放射線・薬物への感受性が高く影響を受けやすい時期です。できるだけ薬物や放射線などの影響を減らしたい時期でもありますが、最初のうちは妊娠自体に気づいていない可能性があります。

【つわり】

妊娠5~6週頃より一過性に悪心・嘔吐、食欲不振・食事の好みの変化などが出現します。症状は個人差が大きく、食べると嘔気が出て嘔吐するのが一般的ですが、逆に空腹になると悪心が出る「食べづわり」というパターンなどもあります。だいたい16週頃には消失することが多く、全妊娠の50~80%に発症し、症状はかなり個人差があります。
症状がひどく脱水・飢餓状態・体重減少を呈した状態を妊娠悪阻といい、入院・点滴加療を要する場合もあります。

【医薬品使用】

妊娠時期で異なります。妊娠4~7週末は主要な器官の形成期であり、薬物に対する感受性が高く、催奇形性が問題になり得る期間ですが、それを証明された薬剤は少ないです。8週~12週末は小奇形を起こしうる薬品がわずかにあります。13週以降は、形態異常は引き起こさないが胎児毒性を起こす可能性があります。
(以上、産婦人科診療ガイドライン 産科編 2020より抜粋)

困ったらこの便利サイトへGO

1)妊娠と薬情報センター

国立成育医療研究センター内に設置。
医療者、一般の方向けに問い合わせに対応していただけます。
医療者向け情報、授乳中の薬剤使用に関する一覧表もあり、便利です。全国に妊娠と薬相談外来を設置しており、Webで相談申し込みができます。

2)妊婦の薬物服用

出典:公益社団法人 日本産婦人科医会,「先天異常部より妊婦の薬物服用」
神奈川県立こども医療センター周産期医療部産婦人科部長の山中美智子先生による、妊婦の薬物服用についての概論です。 妊娠に際して注意が必要な薬剤が一覧になっています。

3)Drugs.com

FDAと提携している、世界最大規模の医薬品データベースサイト。
医薬品(ブランド・ジェネリックそれぞれ別ページである)に、妊娠中と授乳中の注意点のほか、基本情報、副作用、用法・用量、飲み合わせ、医療従事者向けの処方ガイド、価格というページが紐づき、非常に網羅的。

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大型本ですが、外来や医局に1冊あると即戦力で、ほぼ網羅できます。
総論もあり、各論では禁忌薬・一覧表だけでなく、エビデンスなどの情報もあります。
医師が使用する成書として、使い勝手とコスパからおすすめです。

【診断用放射線被曝の胎児への影響】

妊娠10日まではall or noneの法則で、流産となるか影響がないかのどちらかとなります。妊娠11日~10週までの胎児被曝は奇形を誘発する可能性がありますが、50mGy以下では奇形発生率は上昇させません。9~26週では奇形をおこす感受性は低下していますが、中枢神経系ではまだ器官の分化は続いており、精神発達遅滞などの障害を起こす可能性はあり得ます。
(以上、産婦人科診療ガイドライン 産科編 2020より抜粋)

障害発生の閾値は50-100mGyです。被検者の場合、通常の撮像条件による1回のCT撮像は問題ないですが、十分な被爆低減を行わない限り複数回の腹部骨盤CTは避けましょう。

例:頭部~胸部CT:0.1mGy程度  腹部骨盤CT:25mGy程度

低線量被曝であっても2倍程度まで小児がんの発生率が上昇する可能性があり、確率的影響は被曝線量に比例するため、可能な限りの被爆低減を図る必要があります。
(画像診断ガイドライン 2021年度版 産婦人科領域 より抜粋)

【放射線業務上での放射線被曝】

医師は放射線被曝のリスクが高い業務が多いため、妊娠に際しては放射線業務の配慮が求められます。妊娠初期には妊娠初期は器官形成期が存在しますが、妊娠反応が陽転化するまでのタイムラグは存在します。妊娠が申告される前は通常通りの防護によって守られますが、申告後は胎児への影響が出る閾値100mGyを超えないように取り計らう必要があります。診断用放射線検査を受けることは通常50mGy以下で問題ありません。

しかし、核医学検査、透視下のカテーテル検査・治療など、被曝量が多くなりうる可能性の業務からは、可能であれば他の業務に変更してもらう方が望ましいかもしれません。胎児を守る第一の責任は、その女性医師にあります。妊娠が確定したらすぐに管理者に妊娠を申告してください。放射線業務が多い診療科の場合は、事前に妊活中であり、妊娠する可能性があることも上司に伝えておくことも検討してみてください。
(参照:ICRP Publication 84)

職業被曝については関連法令(医療法など)で

  1. 男女区別なく5年ごとに区分した各期間につき100mSv、1年間につき50mSvが線量限度
  2. 妊娠期間中(妊娠申告してから出産まで)には胚・胎児に対して線量累積線量1mSvの管理が必要
  3. 女性放射線業務従事者には各3ヶ月につき5mSv以下が求められる

という基準があります。

【当直業務】

明確に妊娠何週で軽減・免除という法令上の規定はありません。「妊娠後期に入る28週から免除」など慣例的にそれぞれの職場・医局で決まっていることがほとんどです。また、当直中の業務内容も診療科・病院の役割等でかなり違いがあります。本人の体調と職場のメンバーで検討するしかありませんが、妊婦は一般的に疲れやすく、また腹部の張り・腰痛など出現しますので、上司が本人と相談して体調をみつつ決定してください。せめて当直明けの業務軽減・退勤配慮はどの職場でもすぐに叶えていただきたいです。

「当直」の定義が今まで私たち医師の間でも曖昧に使用されてきた経緯があります。ほとんど実働がない当直もあれば、救急救命センターのように一晩中実働状態の医師もいます。当直は正しくは「宿日直」と表現されるものであり、宿直はいわゆる「寝当直」にあたるのが正しい表現となります。「夜勤」との違いについて医師の働き方改革の検討会の議論を受けて、2019年7月に通達が出されました。

通常、私たちが当直と考えている「応急患者に診療・入院、患者の死亡・出産に対応する勤務形態」は夜勤にあたります。宿直は基本的に睡眠時間が確保されている前提のため、翌日の業務に入ることが可能となりますが、夜勤明けでは他職種と同様に交代し、退勤できる勤務体制を組む必要があります。

2024年4月からは「医師の働き方改革」が開始予定です。その辺りを今後は明確に分けて管理していくことが国から求められており、大きな課題となっています。

京都府医師会 医師のワークライフバランス委員会 委員 衛藤美穂
産婦人科指導医・専門医
・卒後24年目
・専門は 腹腔鏡・子宮鏡手術

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