出産し、やっと赤ちゃんにご対面!ですが、これで終わりではなく、表題の通り、ここから育児がスタートです。
みなさま、冷静に考えてみてください。あんな大きなもの(胎児)が体内から出てくるのですから、母体はかなり無理をして身体をその状況に適応させて、乗り越えてきたのです。産前の元の状態に戻るのに時間がかかる、傷ついてしまい元に戻りきらない可能性もある、なんてある意味当然なことではないでしょうか?
産後は、身体的には分娩前後の急激なホルモン変動による変化が起こり、妊娠前の状態に回復するまでにかなりの時間がかかります。心理的には母親になった喜びを自覚する一方、育児中心の生活に当惑し、負担のかかる時期を迎えます。まずは夫や家族の協力を得てゆっくりゆっくり静養してください。
産後よくある以下の困りごとなどのテーマについて考えたいと思います。
【授乳と母乳】
授乳は赤ちゃんの食事でもあり、お互いの愛着を深める素敵な時でもありますね。
基本的には母乳をお勧めすることが多いですが、体調や体質によっては赤ちゃんの求める量に足らずミルクを足す必要があるお母さんもいれば、美容や仕事・治療上で完全ミルクを希望するお母さんもおられます。また、陥没乳頭など乳頭の形が赤ちゃんに吸いにくい形であり、直接吸啜することが難しく一旦搾乳して哺乳瓶であげる場合もあります。過剰分泌して、自発痛があり触るのも痛い!怖い!となる方もいれば、頑張ってもなかなか分泌が増えないと悩む方もいて、本当に個人差が大きいです。
うまくいかないと精神的にも身体的にも本当に疲れてしまいますよね。
でも、赤ちゃんも哺乳の初心者です!最初からうまく吸啜できない場合もあります。私と赤ちゃんのペアも練習が必要だ、と長期目線で繰り返しトライしてあげてください。
また、赤ちゃんの方にも好みがあって、どうしても母乳でないと嫌!と好みのはっきりした赤ちゃんもいれば、ミルクも大好きという赤ちゃんもいます。
初乳には移行抗体というお母さんからの抵抗力のプレゼントがありますので、できれば赤ちゃんに飲んでもらいたいし、授乳への工夫を続けることは良いですが、うまくいかなくても母乳のみに強くこだわる必要はありません。その時の状況でミルクと母乳の割合を決めていただけたら良いと思います。
赤ちゃんが順調に大きく成長し、お母さんの負担が少ない良い塩梅を探していただけるのが一番です。助産師などのアドバイスもうまく利用してください。
【乳腺炎】
乳汁分泌中の乳腺での炎症のことです。
産後2−3日で急速に乳房緊満を認めます。その後は、乳腺炎は2〜3週目に起こりやすいと言われますが、授乳中のどの時期にも起こりえます。乳房から効果的に乳汁を取り去ることが予防になります。
① 急性乳汁うっ滞性乳腺炎
産後授乳中の乳腺炎の多く。乳房の腫れやしこり、痛み、皮膚の発赤、熱感を認めます。
固くなっているところをマッサージしながら母乳を飲んでもらう、頻回に搾乳するなどでうっ滞した母乳を排出してもらいます。乳腺は放射線状に配置されているので、授乳時の赤ちゃんの抱きかたを変えることで吸啜する向きを変えることができ、複数の乳腺からの母乳をまんべんなく飲んでもらうことができます。
② 急性化膿性乳腺炎
うっ滞性乳腺炎に細菌感染が伴ったもの。38度を超える発熱や悪寒戦慄が出ることもあります。基本的に抗生剤内服で治療を行うが、乳腺内に膿汁が溜まった場合は切開等で排膿することもあります。
参考:公益社団法人日本助産師会授乳支援委員会編集、乳腺炎ケアガイドライン2020 第2刷、2021年、株式会社日本助産師会出版、東京
【尿失禁】
なんと産後の30−50%の女性が尿失禁を経験すると言われています。
尿失禁にはいろいろタイプがありますが、最も多いのが腹圧性尿失禁です。咳・くしゃみ、大声でわらう、階段の上り下り、重い荷物を持つなど、腹圧がかかると尿が漏れてしまいます。妊娠・分娩による骨盤底筋の損傷が原因です。(また反対に、産道を通ってくる児頭による圧迫などが原因で一時的に膀胱の神経鈍麻を生じ、尿意が感じられず排尿できない障害が出ることもあります。)
児頭が骨盤に嵌頓してから分娩に至るまでの時間が長かったり、吸引・鉗子分娩などが必要だった場合などは特に骨盤底筋へのダメージが多くなることが予想されます。
それらの症状は産後徐々に回復することが多いですが、なかなか軽快しない場合は以下の方法を提案しています。それでも軽快がみられない場合はウロギネ科などへの受診をお勧めします。
① 腹圧をかけない生活
きばる・重いものを持ち上げるなどの動作を避けることで、傷んだ骨盤底筋の回復を促します。また、尿漏れを恐れて、漏れないように予防的に定期排尿する習慣がつくと、少ない膀胱容量のうちに腹圧をかけて排尿することになり、膀胱容量を小さくすることにもつながるのでよくありません。いつでも排尿できる環境では尿をため、少し我慢して尿意を感じてから排尿するように訓練することも一つの方法です。
② 骨盤底筋体操
隙間時間でいいので、傷んだ骨盤底筋を鍛える運動を取り入れてください。自己流ではうまくできているか不安という方は、ヨガやピラティス教室などでは産後リカバリーに特化したクラスを設定している場合もあります。外出が難しい場合はオンライン教室もあります。You Tubeなどでもたくさん動画が上がっていますので、それを参考にするのもいいですね。
■基本の骨盤底筋体操
①膝を立てた仰臥位を取る。腰が浮かないよう踵を踏ん張るように力を入れ、腰部を床面に軽く押し付けるようにする。できるだけリラックスし背面全体が床につくように姿勢を作る。
②骨盤底筋を軽く「キュッ」と締める(「ギューッ」と締め続けるのではなく、腹式呼吸の前に体にスイッチを入れるイメージで軽く締める)。
③腹部をへこませながら、骨盤底筋を持ち上げるようにイメージしながらゆっくりと口を軽く横に広げるように開き「ハー」と長く息を吐く(口をすぼめて「フー」と吐くと、腹直筋などに力が入りやすいため「ハー」と息を吐くように指導する)。
④息を吐き切ったら、リラックスして自然にわずかに腹部が膨らむように息を吸う。
基本の骨盤底筋体操を習得できたら、やや負荷をかけて、腰を挙げたハーフブリッジの姿勢で腹式呼吸を行う。
(a)骨盤底筋を締めるイメージ
・おならを我慢するように
・尿を止めるように
・膣を締めるように
(B)腹部をへこませながら息を吐くイメージ
・背中に向けて垂直に腹部をへこませるのではなく、恥骨結合のすぐ上部から、歯磨き粉のチューブを巻き上げるように、少しずつ息を吐く
・濡れたタオルをつまんでゆっくりと持ち上げるように、骨盤底筋群を挙上させるイメージを持つ
・骨盤底から頭頂部まで軽くジッパーを閉めるようにイメージする
出典:三國和美、PERINATAL CARE(ペリネイタルケア)夏季増刊、246頁、2020年、株式会社メディカ出版、大阪
【マタニティブルー】
分娩直後から産後7〜10日以内に見られる一過性の情緒不安定な状態のことを言います。気分の落ち込み、不安、涙もろい、不眠、頭痛、疲労感、食欲不振などの症状がでます。一般的には「マタニティブルー」と呼ばれていますが、その呼び方は俗称であり、正式名称は「マタニティブルーズ」と言います。
2週間程度で自然軽快することが多いです。産後に数人に1人の女性が経験するものです。産後のホルモンバランスの急激な変化が一番の原因とされますが、それに加えて分娩による疲労・睡眠不足・育児のストレスや不安などが関与しています。
妊娠前にP M S(月経前症候群)、P M D D(月経前不快症候群)でお困りだった、ホルモン変動の影響を受けやすい方もマタニティブルーになりやすいという説もあります。
基本的には産後すぐに発症しますが一過性のものです。疲れや睡眠不足は抑うつ状態を助長する要因ですので、授乳の間はよく休めるようにしてください。また、気軽に話せる家族や友人がいると良いですね。
周りの人もこのような状態が起こりうることを知っておいてください。
これが長引くと「産後うつ」 に移行してしまう可能性もあります。症状が強い場合や、もともと精神疾患既往の方も要注意です。一人で抱え込まずに助産師・産婦人科医にご相談ください。
参考:①PERINATAL CARE(ペリネイタルケア)夏季増刊、2020年、株式会社メディカ出版、大阪
②日本周産期メンタルヘルス学会 妊産褥婦さん向けのメンタルヘルス全般のリーフレット
【産後うつ】
産後うつ病は日本では約10%前後の母親がかかるといわれています。産後3ヶ月以内に発症することが多く、症状は2週間以上持続します。マタニティブルーに対して、産後うつは中等度から重度のいろいろな症状を伴います。症状は日によって波があり変化しやすいのも特徴です。
発症要因としてはうつ病の既往のほか、パートナーからのサポート不足などの育児環境要因もあるとされます。
お母さん自身が変化を自覚できず努力不足のように思ったり、周囲も怠けているのではないかと考えがちでもあります。また、本人からケアを求めないことも多いので、周囲がよく観察してあげることも重要です。
こころの病気は早期の適切な治療によって治ります。早期に治療しないと遷延しやすい場合もあるので、気になったらまずは周りに相談し、専門医を受診してくださいね。
以下のチェックリストを参考にして当てはまるポイントがあれば、受診を検討ください。
産後のこころの自己チェックリスト
・疲労感、不眠
・不安、緊張、パニック
・イライラする
・希望を持てない
・集中力や記憶力が弱くなる
・気分が変化しやすい
・せかせかする
・興味に欠ける
・自分を責める
・自分を情けなく思う
・食欲がなくなる
・子供や夫に愛情を感じなかったり、持てない
参考:①公益社団法人日本産婦人科医会、女性の健康Q&A https://www.jaog.or.jp/qa/confinement/jyosei200311/
②日本周産期メンタルヘルス学会 妊産褥婦さん向けのメンタルヘルス全般のリーフレット
【パタニティブルー】
正式な医療用語ではないですが、最近はマタニティならぬ「パタニティブルー」 が言われています。簡単にいうと、パパ版の産前産後の不安障害です。生活スタイルが急変するのは夫も同じですよね。
産前よりは産後に多いとされます。原因は生活スタイルの急激な変化、父親としての責任感、育児・将来への不安などとされます。また、どうしても父親の方が赤ちゃん誕生までに心の準備が十分できないことも一因とされます。気づかれないうちに症状が悪化して・長期化する可能性もあるので、妻と同様、一人で抱え込まないようにしてください。
【産後ケア施設】
出産後、ママの心と身体を休ませながら新生児の育児をサポートしてくれるものです。民間企業のみならず、自治体でも積極的に産後ケアの取り組みを行なっています。両親が遠方・就労しているなど、支援が少ないご家庭の方は、孤立せずにこのようなサポートもどんどん利用を検討してください。
京都市の場合は京都市スマイルママ・ホッと事業(産後ケア事業)がというものあります。産科医療機関や助産所で専門的なショートステイやデイケアの母親の心身的ケアや育児サポートを受けられます。住民票が京都市にあり、京都市に居住している乳児・母親で、条件を満たす方は産後1年まで母子の支援を受けられます。日帰り型・宿泊型のサービスがあります。詳しくは以下のホームページでご確認ください。
https://www.city.kyoto.lg.jp/hagukumi/page/0000168986.html
【こんなはずじゃなかった・・・理想と違う状況になってしまったとき/ 産科医からのメッセージ】
バースプランとは、自分らしく満足する出産を迎えるために、妊婦さんの出産に対する考え方や希望や要望を述べたものです。それを元に妊婦さんと医療者が話し合いをすることで妊婦さんの出産に対する知識を深めてお互いの理解を確認することが目的です。
すり合わせをして、「こういうお産にしたい!」というものをだしていただき、医療者もそれを叶えるように目指します。
ところが、バースプランも、産後の経過も自分の想像・予定通りに進まないことが珍しくありません。理想通りに進まなかった方もいるでしょう。分娩経験者の経産婦さんでも、一人目と同じように行くとは限りません。自分の体力の度合い・環境も変わっていますし、対応する赤ちゃんの個性・性格もまた違うのです。
・赤ちゃんが思ったように寝てくれない、なんで泣くのかわからない
・授乳がうまくいかない
・赤ちゃんが可愛く思えない
・洗い物溜まって髪はボサボサ、身の回りのことできなくて自分が許せない など
予定通りに物事が進まないだけでもストレスなのに、授乳・育児で体力・精神力はどんどん削られると、余計に追い込まれた気分になります・・・。
違いを楽しめる余裕が持てれば一番良い!ですが、まずは睡眠と休息・食事をできるだけしっかりとって体を休めてください。
そして、コントロールできるのは自分だけです。日本の文化で「言葉にしなくても察してほしい」という傾向がありますが、はっきり言って無理です。
他人は思い通りには動いてくれませんし、他人の気持ちを正確に理解はできません。いわんや、言葉の通じない赤ちゃんは、ですよね。
いい意味でも悪い意味でも、赤ちゃんに生活をあわせてあげないと仕方ないのです。自分の理想の赤ちゃんの行動を望んでもそれは叶えられません。60点程度でよしとして、上手にお付き合いしてあげましょう。そして、それを超えてあまりある赤ちゃんのかわいさを満喫してください。
コミュニケーションという言葉の語源は「共通のものを持つ」という意味のラテン語だそうです。夫婦・家族でしっかりコミュニケーションをとる=現状を共有して、自分の気持ちを周りに伝えましょう。対策も考えられ、孤立が防げます。
最後に
産前と産後ではガラッと生活が変わってしまいます。予測はしていたものの、想像していた以上の予想を超えた変化が生じるのではないでしょうか。身体的疲労が蓄積すると、精神面も状態が悪化します。悪いスパイラルに入らないためにも、問題を抱え込まずに余裕を持てるようにして、使える手段はなんでも使って、ご夫婦自身が楽しむ時間も作ってください。皆さんで赤ちゃんとの幸せな生活を楽しんでくださいね!