記事作成日:2024年2月1日

※この体験談は、執筆者の先生ご自身の思いや感情を、できる限りそのまま表現いただき、私たちもそれを尊重いたしております。表現、用語などは誤解のないように配慮いただいておりますが、お気づきの点がありましたらご意見いただければ幸いです。

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京都府立医科大学 女性生涯医科学(産婦人科学教室)
病院助教 垂水 洋輔
卒後13年目 産婦人科医
産婦人科(専門は婦人科腫瘍、内分泌)

今回、京都府立医科大学 産婦人科で1カ月の育休を取得させていただいたので、体験談を書かせていただきます。

2022年10月1日から男性の出生時育児休業(産後パパ育休)が取得できるようになりましたが、その時点で私たちの職場で男性医師が育休を取得した事例はありませんでした。
当科の新規入局者の男性比率は2014年までは60-70%でしたが、2015年以降は20-35%と、男女比が逆転してきています。これは日本産婦人科学会2016年の新規産婦人科医師の男性割合が34.2%であることからも、全国的な潮流と同様の推移となっています。 単に男女比が逆転しただけではなく、医師の働き方、生き方は大きく変わっています。
これまでの価値観やシステムでは、現状に対応しきれない面も出てくることが想定され、その中で男性育休を取得することは、自分にとっても、自分が所属するグループにとっても、挑戦的な試みでした。

私は34歳の医師11年目で、大学院卒業後に京都府立医科大学の産婦人科に勤務、妻は29歳の臨床心理士として同大学と市中病院に勤務し、2022年11月に第1子を出産予定でした。
結婚時に、出産後も2人とも仕事はできる限り続けたいという意思を確認していましたが、当然ながら現実問題として妻は分娩のため仕事を中断しなければならない、今の生活パターンでは分娩後に家庭に必要であろう総時間が全く足りない、ことが想定されました。 これをどう解決に近づけるか、結婚当初から話し合い、結果、出産後に足りないであろう時間を捻出するためには、

  • ① 育児養育スキルを2人が取得している(妻がフリーになれる)
  • ② 両親、場合によってベビーシッターなどを頼る
  • ③ そのために家を外部の人が在住できる環境にする
  • ④ 家と仕事場、実家(京都市内と大津市)へのアクセスをよくする

ことが必要と考え、そのための準備を進めました。

具体的には、
私が育休を取得し、育児スキルを獲得したうえで育児を行うという意識を持つ。
両親の協力を仰ぐにあたって、妻が夫側の両親に、あるいは夫が妻側の両親に気を遣う可能性が高かったので、出産前から両方の両親と対話し、家族のイベントを以前よりも増やす。
いろいろな人がアクセスしやすい場所に、人が泊まれる環境の家を準備し、両親の家にも子ども部屋を確保してもらう、
でした。
外部の人を頼ることに対しては、妻自身が幼少期に海外でベビーシッターなどのいる環境で育ったため、抵抗が少なかったことも大きかったと思います。
育児休業を取得する理由は、生まれてくる子どもの大切な時期を家族で一緒に過ごしたい、女性だけが育児をするものではない、という思いがもちろん第一です。しかし、これから妻と自分が仕事を続けていくために、①、③の必要性を強く感じたため取得を決めました。

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2022年8月に産婦人科の教授、医局長に相談させたいただいたところ、1カ月の育休の許可をいただきました。前例がなかったため不安もありましたが、快諾いただいたことには感謝しかありません。
しかし、医局内でのファーストペンギンとなったからには、そのあとに続けると思ってもらえるように、育休前後で仕事の引継ぎをしっかりし不備のないようにする、取るだけ育休にしない、周囲に感謝の念を持ち不遜な態度をとらない、といった責任感はありました。
新制度では一定時間の勤務が可能であったため、週1回午前の大学外来のみは継続とし、外勤はなしとしていただけました。

次に、手続きのため、総務課給与厚生係に相談に行きました。新しく施行される出生時育児休業取得の相談に行ったのですが、担当者の方には「給与規定を読んでください」と、その場で印刷した規定を渡され、けんもほろろ、取り付く島もない状態でした。
既存の勤務規定にないことは調べていたので、制度についてハローワークにも問い合わせ、翌日、情報を再度まとめて同部署に相談したところ、病院管理課総務調整係と大学院給与厚生係の担当の方から連絡があり、何度かやり取りをさせていただいて、無事、新制度での育休を取得できることになりました。
男性の育休取得の手続きに関しては、まだまだ情報が少なく、情報へのアクセスもしにくい状態です。これから社会全体、各職場で男性育休制度、体制が整い、取得までの手続きがわかりやすくなれば、と思います。

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そして11月から始まった育休生活は、想像よりもはるかに過酷でした。
想像では、2-3時間おきの授乳は点と点のイベントで、その間は自由時間と考えていたのですが、実際には点ではなく線と線で、授乳して寝るまで30分から1時間半、授乳と授乳の間に自分達の食事準備、掃除、洗濯、買い物、沐浴、仮眠などが24時間、睡眠不足状態で続きます。この表現はドラマを見て知識にはありましたが、実感するとまさにその通りでした。
また、理想は、新生児を見ながら笑顔の食事、でしたが、現実は、1日1回妻と一緒に食事を取れたら御の字。赤ちゃんが寝ている間はゆっくり読書、が、本を開けば自分が寝ている。子どもの将来のことを考える、が、目先のやることで手いっぱい。空いた時間は家族サービス、が、自分たちも生きることに必死でかろうじてヒトの体裁を保っている状態。
育児開始から10日程経ち、これではだめだと考え、日中は2人で育児、夜は22時から4時まで私の担当、4時から10時まで妻の担当にし、お互い睡眠時間を確保し、深夜の引継ぎがうまくできるように、育児アプリで哺乳量や睡眠時間を共有し、泣いている新生児に対し、間違って哺乳したり、寝かしつけようとしたりする労力をできるだけ減らしました。
また、母乳にこだわらず人工乳ベースに切り替え、両親にも協力してもらい、数日に一度、紅葉を見に出かけたり、外食したり、ベビー用品を選びに行ったりして、新生児のお世話以外に頭を使うようにしました。心にほんの少し余裕ができると、ようやく育児が楽しく、家族への感謝を感じられるようになってきました。
育休1カ月の間に目標としていた当面の育児に必要なスキル(哺乳、げっぷ、おむつ替え、着替え、入浴、寝かしつけ、起きている時間の相手、子どもを連れての買い物、それら準備とその後の処理など)はできるようになり、妻がいない間の育児は1人で何とかこなせるようになりました。

1カ月の育休明けからは、育休前と変わらない勤務体制のため、やはり私が育児にあてられる時間が少なくなりました。妻は出産後6カ月で仕事復帰したため、それまでに日中の育児を両親が交代で行ってくれるよう環境整備をしました。
今は、私は平日19時に一旦帰宅し、入浴、授乳、寝かしつけなど育児の時間をできるだけ確保し、休日は自分も育児をすることで、妻が友人と食事に行ったり、遠方の学会に泊りで参加したりできています。それでも、やはり育児は妻の方が多く担ってくれている状況です。

産婦人科医の当直回数は、個人差はありますが、大学当直が3-4回/月、外部当直が5-6回/月あります。当科では女性医師の産後・育児休業後は出産ごとに6年間の当直免除の期間がありますが、男性医師についてはそういった規定がなく、男女での対応に大きい差があるのが現状です(2023年4月現在)。
産婦人科における女性比率が上昇している現状を踏まえると、出産後も性別にかかわらずキャリアを継続するためには、男性も女性も育休が取得でき、育休明けも同じように勤務負担が軽減できるようにするなど、家庭にかけられる時間を男女で均てん化することも必要かもしれません。

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育休は自分に多くの考え方の変化をもたらしましたが、一番大きな変化は、自分は育児の協力者ではなく、主体者である、という意識の変化でした。
育休中に妻が外出し、朝から深夜まで自分1人で育児をしていたとき、その責任感と育児から逃れられない現実を体感しました。それは心のどこかで、あくまで妻の協力者であると思っていたことを認識する瞬間でした。
育児には対しては喜怒哀楽だけではなく、責任感、そして自分の時間や仕事との葛藤が伴う。そのような当たり前のことに気づき、街ですれ違う、子どもを抱えている人たちを尊敬するようになりました。
また、育休中に妻に言われたことばで記憶に残っているのは、「男性の育休は褒められていいね」、「育休取ったぞって偉そうにしてたらあかんよ」、「性別として自分が休まないといけないのはわかっている。だけど、やりたい仕事とかを我慢して私も休んでいるのを知っておいてほしい」、と。
自分含め男性は、育児ができていることを特別のことのように思い、思われることが多いと感じます。しかし、それは女性がこれまでやってきたことです。仕事では男女平等が進み、今後、家庭の役割においても男女差がなくなってくる未来がくるのでしょうか。生まれてきた娘が成長したころにはどのような社会となっているのか、想像しながら今日も育児をしています。

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