妊娠後期(妊娠28週〜40週)に入ると、胎動もよく感じ、お腹もますます急激に大きくなります。腹部の張りも感じることが増えます。
妊婦さん本人も見た目にも妊娠が気づかれやすい状態となり、配慮を受けやすくなるかもしれません。出産に必要な物品や環境の準備をしたり、赤ちゃんの名前を考えたり、と楽しみも多い時期ですね。
妊娠34週からは「産前・産後休業」(以下、「産休」という)という休みに入ることが一般的ですが、34週までは何も起こらないというわけではなく、それまでの間も体型と症状がどんどん変わっていき、認める症状も個人差がありますので、その変化に逐一対応していくことが必要です。
ここでは、
・妊娠後期の疾患・注意点と困りごと(マイナートラブル)
・産休をうまく取得するコツ
・産休の時期とその間の給与など
について取り上げます。
また、筆者は恥ずかしながら、給与から天引きされている税金・年金・健康保険の違いに無頓着で、全く違いを認識していませんでした。最初の出産時に驚愕した経験があります。ぜひこれを機会に社会制度を知る良い機会にしてください。
妊娠後期になると生理的な子宮収縮の増加があり、動くとお腹が張りやすくなります。また、巨大化した子宮による圧迫でさまざまな症状を引き起こします。
例えば下肢のむくみや静脈瘤、こむら返り、腰痛、頻尿・尿もれ、胃のムカつき、動悸など、いわゆるマイナートラブルによるさまざまな不快症状が出現します。それにより眠りも浅くなりがちで、臥位では眠りにくく、疲れが取れないなどを訴える方も増えますので、上体を少し起こしたまま眠れるように体位を工夫するなど、妊婦さん自体の環境も整える必要が出てくる場合もあります。
個人差も強く、他人と比較しても仕方ないことですが、体調が思わしくないと出産・産後の育児などの不安も強くなりがちです。それも吐き出せ、受け止めてもらえる、パートナーや担当産科医をはじめとする周囲のフォローが望まれます。
また、全妊娠の5%が早産となるとされていますが、職種により早産率が異なるという報告もあります。女性医師の場合は業務量が多いだけでなく、業務内容的にも心理的にも仕事量を減らしたり、休みを取ったりしづらい環境が多いのではと推察されます。
一方、妊娠後期のこの時期はたった1〜2週間でも児の臓器は著しく成長していきます。特に肺機能は34週を目処に成熟し、体外での自立呼吸ができるかの分かれ目になります。赤ちゃんにとっては子宮が最高の保育器です。その子宮の中で過ごすとても重要なかけがえの無い1〜2週間になります。
産休に入り仕事から離れざるをえない状況で、それまでにできる仕事を詰め込んだりしがちですが、できるだけ正期産を目指して妊娠中は無理のない生活を送ること、腹部の張りの増強などがあれば、産婦人科医の指示に従って仕事・生活の安静度を変更することが重要です。
職場の上司・同僚の方へ
妊娠中の女性医師の体調を気遣いつつ、仕事を回していかないといけない、必要によっては肩代わりしないといけない場面も出てくるでしょう。当事者として仕事量は確かに制限していますが、本人は楽をしているわけでなく、別のやるべきこと・背負うことが増えているという視点で、少し思いを馳せていただけると幸いです。一対一で貸し借りを返すことはその時の状況や異動などもあり難しいかもしれませんが、医師人生の中で社会に返しあうイメージを持って、協力しあえる環境を目指していけることが理想ですね。妊娠中のトラブルは児の一生に関わることもあるので、できるだけトラブルを未然に防ぐような早めの対応が望まれます。
働きながら安心して無事に出産を迎えるために、仕事の減免・休業などの措置が必要な場合、手続きに手間がかかる診断書でなくても、簡便に発行し、かつ具体的な措置内容が記載しやすい母性健康管理指導事項連絡カードでも産婦人科医に記載をお願いできます。かかりつけ医に相談してください。
https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/renraku_card/
ここでは、産婦人科医の視点から、特に重要と思われる2つの疾患について解説します。
【切迫早産】
妊娠22週0日〜妊娠36週6日で出産に至った分娩を早産と定義します。「流産」と異なり「早産」は体外で生存できるという区分になりますが、いろいろな困難も伴います。例えば、1000g以下で出生した超低出生体重児ではNICU(新生児集中治療室)での長期治療を必要としますし、早く産まれたほど重篤な障害が生じる可能性も高くなります。ですので、できるだけ37週以降の正期産での出産を目指します。
切迫早産は「早産しかかっている」という表現の通り、子宮収縮の増加、子宮口の熟化・開大などを認める場合です。破水を起こしてしまう場合もあります。
切迫早産の治療では、まず安静が第一に必要であり、黄体ホルモンや子宮収縮抑制剤投与、感染を疑う場合(細菌性腟炎、絨毛羊膜炎)は抗生剤も使用します。
子宮収縮抑制剤の使用方法については最近大幅な方針変更がみられました。従来、日本では長期安静入院し子宮収縮抑制剤の持続点滴治療を必要とするのが一般的な治療方針でしたが、長期入院と安静による弊害(筋力低下、精神的ストレス、下肢・深部静脈血栓形成など)も少なくありませんでした。
それに対して近年、欧米では「切迫早産における子宮収縮抑制薬の効果は48時間に限定される」というエビデンスに基づいて、子宮収縮抑制薬の持続点滴は短期間(48時間)にとどめ、その間にステロイド投与により胎児の肺成熟を促し、出生後のNICUでの治療成績を上げる治療が一般的になってきています。NICUがない病院もあるため、母体搬送が必要となることもあります。
日本でもそれに倣う施設が増加しつつあり、長期入院となるケースは今後減っていくと思われますが、早産自体が減るわけではないので注意が必要なことには変わりありません。
【妊娠高血圧症候群】
以前は妊娠中毒症とも呼ばれていた疾患です。妊娠20週以降に高血圧を認めた場合は妊娠高血圧症、高血圧に加えて蛋白尿も認めた場合は妊娠高血圧腎症と分類されます。(蛋白尿が認められなくとも肝腎障害、血液凝固障害、胎児発育不全等を認めても妊娠高血圧腎症に含めます)
妊娠の約5%に発症する疾患で、初産婦に多く、妊娠34週未満に発症する早発型の場合は重症化しやすいとされています。
子宮内で分娩前に胎盤が剥がれてしまう常位胎盤早期剥離は突然発症する母児共に致死率の高い疾患で、妊娠高血圧症候群が誘因の1つに挙げられています。妊婦健診では血圧測定・尿検査を毎回行なっていますが、妊娠高血圧症候群の早期発見のためです。
症状が軽度の間は自覚症状がないことが多いです。一般的に妊娠を継続することで増悪していきます。内服などでコントロールしながら極力妊娠継続としますが、足の浮腫など気になる症状が出たらかかりつけ医に相談してください。
頭痛、目の前がチカチカする、嘔気、腹部の痛みなどがあれば重症の合併症の可能性があり、入院や早期妊娠終了が必要になることもあります。多くは妊娠終了で改善しますが、産後3ヶ月を超えても降圧剤内服を要する場合もあります。
産前・産後の休業補償はかなり整備されています。取得できる時期や必要な金額をあらかじめ確認しておきましょう。
普段、税制度などに関心のない方であれば、ピンとこない分野でもあります。ぜひこの機会に社会の仕組みを知っていただくよい機会として確認してみてください。
また、収入が減少する産休中、育休中であっても住民税などは前年の収入にかかってきますので、支払う義務があります。以下の説明や参考になるサイトをご参照ください。
まず、労働基準法には、母性保護規定があり、出産日を含む産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)・産後8週間を「産前・産後休業」としています。産前6週間は当該女性が請求した場合に就業させてはならない期間であり、また、産後については8週間は就業禁止、ただし6週間(強制的な休業期間)経過後は労働者本人が請求し、医師が支障ないと認めた業務に就かせることは差し支えないとされています。なお労働基準法における「出産」とは、妊娠4か月以上の分娩をいい、「正常分娩」だけでなく、早産、死産、流産も含まれます。
【産前休業】
出産予定日の6週間前(多胎妊娠の場合は14週間前)から取得可能です(出産日も産前休業に含まれます)。これは任意であるので、体調によりもう少し勤務を継続したいなどあれば、短く申請することも可能です。病院によっては福利厚生の一環で産前休業を長めに申請できる施設もあるため、担当部署に確認してください。
出産予定日はあくまで目安なので、出産日と予定日が異なることも多々あります。出産が予定日を超過した場合も実際の出産日までは延長して産前休業に含んでもらえます。
(予定日より前に出産された場合は、産前休業は自動的に短縮されます。その分、産後休業期間が延長することはありません)
【産後休業】
出産日翌日から産後8週間は産後休業として認められ、基本的に就業はできません。
ただし、産後6週間経過後に労働者本人が請求し、医師が支障ないと認めた業務に就かせることは差し支えないとされています。
*産休、育休の自動計算表があります。
妊娠・出産をサポートする 女性にやさしい職場づくりナビ
https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/leave/
【出産育児一時金】
正常分娩の場合、出産費は保険適応がなく自費診療となります。
その費用をカバーする目的で、妊娠4ヶ月以上で出産した場合、加入している健康保険から一児につき42万円の出産育児一時金が支給されます(産科医療補償制度に加入していない医療機関での出産なら40万8千円、産科医療補償制度対象の出産に対する加算は1万2千円)。
分娩が帝王切開の場合は保険適応になるので、かかる費用が42万円を下回る場合がありますが、その場合でも、同額支給されます。
なお、令和5年4月1日より出産育児一時金が50万(産科医療補償制度に加入していない医療機関での出産なら48万8千円、産科医療補償制度対象の出産に対する加算は1万2千円)の増額が予定されております。
【出産手当金】
健康保険法に傷病手当金や高額療養費などと並んで規定されている給付の一つで、産休中の労務に服さなかった期間に対して、被用者保険(協会けんぽや健康保険組合、共済組合)から出産手当金が支払われます。出産手当金には所得税はかかりません。
休業期間中、1日につき標準報酬日額(支給開始日以前の継続した12ヶ月間の各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1)の3分の2が支払われます。
医師の場合、毎月の給料には当直料や医師確保手当・地域手当などが加算されていることがほとんどで、所得税や社会保険料が引かれた後の手取りベースで考える金額とは差があることがありますので注意してください。
出産手当金は健康保険法に定められた給付であるため、医師国民健康保険に加入している場合や、専業主婦などの被扶養者には支払われません。医師国民健康保険は国民健康保険の一種で、開業医やクリニック勤務の方が加入されている場合があります。
【産前・産後休業期間中の社会保険・厚生年金保険料】
平成26年4月より産休期間中の健康保険料・厚生年金保険料は免除されるようになりました。
また、この免除期間は将来被保険者としての年金額を計算する際は保険料を納めた期間として扱われます。医師はそれなりの保険料を毎月支払っていることが多いので、ありがたい制度です。
医師国民健康保険に加入されている場合は、被用者保険(協会けんぽや健康保険組合、共済組合)と異なり被保険者に対する補償制度がないため、国民健康保険料の免除はありません。
なお、常勤医は基本的に厚生年金に加入していますが、非常勤等で社会保険に加入していない場合も、平成31年4月より国民年金に免除制度ができていますので、お住まいの市町村の国民年金係にお問い合わせください。
【産前・産後休業中の税金】
住民税は前年の所得により計算されますので、産休中であっても徴収されます。
住民税は前年の所得額に基づいて計算された税額を6月から翌年5月までの12回に分けて支払います。住民税は普段、給与から徴収されます(特別徴収)が、産休に入り、無給となった時点で普通徴収に切り替わり、お住まいの市町村から送付される納付書で納入することになります。職場によっては、産休に入る時期などにより、普通徴収に切り替えず、産休・育休前後に支払われる給料で調整される場合があります。
産休中の収入はもちろん下がるわけですので、その中から住民税を支払う必要があります。それを見据えた蓄えが必要です。
(令和4年8月現在の制度・金額を記載しています。最新情報は勤務先の担当者にご確認ください)
産休は誰でも取得可能な守られた休業制度です。常勤医のみでなく、非常勤医も取得することができます。また、この休業制度を利用したことを理由とした解雇などの不利益取扱いは法律で禁止されていますし、事業者にはハラスメントを防止する義務があります。
休業明けの労働条件は「原職」または「原職相当職」への復帰が原則とされています。
実際には働き手が一定期間減ってしまう現状がありますので、その期間の仕事量・内容の見直しとマンパワーの補充が必要・可能かについて、上司である管理者は検討しなくてはなりません。
分娩予定日が分かった段階で、予定産休取得日が決まります。体調を見つつ仕事内容を絞ることで就業を調整できます。しかし、妊娠経過により予定より早めに休業・就業時間短縮を要する事態が突然生じる可能性も十分ありますので、こまめに上司に体調などの状況報告を行なって情報共有することが大切です。
また、育休をどの程度取りたいのかもある程度話し合う必要があります。子供の保育園が決まらないと就業が難しい、など家庭の事情がありますので、入園可能時期によって復帰の時期もある程度制限されます。また、「原職復帰が原則」であっても、各家庭の状況によってはまずは時短勤務を希望する医師ももちろんいるでしょう。
大学医局人事で異動する医局員は、実際はその医局関連病院と相互契約して就業していますが、医局という大きな派遣元から派遣されているという二面性があります。そのため、その科の勤務人員が少ないのであれば、人員計画や人員体制に合わせて異動・配置転換を打診されることもあり得るかもしれません。
分娩・その後の育児における精神的・身体的負担は想像以上であることがあります。回復がなかなか進まないなんてこともあるでしょう。経産婦で育児に慣れているとしても、今回の出産時の実年齢は上がっていますし、上の子のお世話も同時並行で必要となります。
家庭の状況を反映し、自分の希望をきちんと伝えた上で、産後に育児と仕事で燃え尽きてしまわないような無理のない復帰計画を上司と相談し立てていくことをお勧めします。