記事作成日:2023年12月26日

※この体験談は、執筆者の先生ご自身の思いや感情を、できる限りそのまま表現いただき、私たちもそれを尊重いたしております。表現、用語などは誤解のないように配慮いただいておりますが、お気づきの点がありましたらご意見いただければ幸いです。

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まめ
卒後13年目 
産婦人科医(専門は腹腔鏡手術、不妊治療)

私は、2人の子どもをどちらも硬膜外麻酔下分娩で出産した。いわゆる無痛分娩である。ご存知の通り、日本では自然分娩が主流である。世界に目を向けてみると、日本産科麻酔学会によれば、アメリカ、フランスでは80%以上が無痛分娩であり、比較的普及率が低いとされるイタリア、ドイツ、ギリシャでも20%程度が無痛分娩なのだそうだ。一方、日本でも無痛分娩はじわじわ広がりつつあり、2020年以降は8%程度の妊婦さんが無痛分娩で出産されている。
日本で無痛分娩が欧米諸国と比べて一般的にならない根底には、日本人特有の我慢強い民族性とか、「お産は痛みを伴ってこそ」とか「自然が一番」という価値観もあるだろう。が、一部で、無痛分娩=「怖い」という認識が根強くあることも否めない。これは2017年に起こった、無痛分娩による妊産婦死亡のニュースがきっかけだろう。どんな医療行為もそうであるように、無痛分娩に使用される硬膜外麻酔にも致死的な合併症が起こることもある。同年すぐ日本産婦人科医会が調査を行い、無痛分娩をした妊婦とそれ以外とで死亡率に差がないということが報告されたが、やはりこのニュースは大きなインパクトがあった。翌年には、厚生労働省主導でJALA(無痛分娩関係学会・団体連絡協議会)が発足、定期的に医療施設の実態調査を公表するなど、国を挙げての安全対策が進みつつある。脊髄くも膜下腔への麻酔薬注入による呼吸抑制や血圧低下、局所麻酔中毒などによる合併症は確かに重篤であるが、早期発見し適切に処置すれば後遺症などもなく対処可能である。そのためのマンパワーや知識のブラッシュアップ、経験値の積み上げは、各施設の解決すべき課題だろう。医療を受けようとするときは皆さんのどの科でも同じだと思うが、その医療行為に対して正しく理解し経験もある病院を選ぶのが良い。無痛分娩についてよく説明をしてくれることは当然として、症例数があるとか、何か起きてしまった時のバックアップが整っているかなどはチェックポイントになるかと思う。

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私が無痛分娩を選択した時、自身が産婦人科医だからか無痛分娩に対する特別な不安はなかった。他県で勤務していた時も無痛分娩を多く扱う施設であったし、確かに分娩停止や分娩遷延が増えるというのはデータとしても実感としても明らかだが、痛みなくお産を終えた患者さんたちの満足度が高いこともしみじみ感じていたからだ。産後の離床も早く、なんというか元気そうな方が多かった。痛みの不安よりも、産後に楽そうであるということが大きな決め手になった。産婦人科医として自然分娩の痛みがどんなものかというのを体験しておかなければいけないのではないのか、という謎の使命感も顔を出したが、同じく産婦人科医をしている夫とも相談した上で、無痛分娩を選択した。
明日いよいよ計画無痛分娩という日の深夜に前期破水した。恥ずかしながら、妊娠後期からちょっとしたことで尿漏れを起こしていたので、最初、尿漏れか破水かいまいちよくわからなかった。産婦人科医とて体験してみなければ、わからないことだらけである。そうこうしているうちに、生理痛の重いような痛みがやってきて、間隔を測ろうかなと思っているうちにだんだんどう考えても陣痛としか思えない痛みになった。タクシーを待つ間、自宅にあった清潔手袋をつけて自分で内診してみると、なんと6cmである。夕方の診察では確かまだ2cmとかだったのだ。10cm開けば全開大である。まぁなんと優秀な私の子宮口であろうか。病院に向かう車中、私は夫に「これなら、私、自然でいけるわ。もう6cmだもん、麻酔入れる隙もないわ」と豪語した。夫は珍しく黙って聞き役に徹してくれていた。小一時間して病院についた時もまだ多少余裕があったので、エレベータを薦める助産師さんを振り切って「階段で行きます!」とのたまった。そのあたりからである。登るたびに一段一段、痛みが激しくなる。間隔もだいぶ短い。無理をしなければよかった、分娩室に行ったらもうすぐ産まれてしまう。スピード安産はいいけれど墜落産になって我が子が危ないことになったら調子に乗って階段を登ったことを後悔するだろうなと思って、お股のあたりを押さえながらそろりそろりと歩いた。分娩室に到着し、内診してくれた助産師さんは、「よーく開いてますよ〜、もう6cmです!」と言った。6cmだと?1時間以上痛みに耐えたのに家を出る前と不変ではないか!モニターをみると確かに2、3分陣痛間隔は空いており、持続は1分あるかないかだ。全くもって全開大の陣痛ではない。すると、「分娩室に着いたらすぐに生まれる」とゴールを勝手に予想したせいで、今の痛みにもう耐えられなくなった。入院手続きを終えて病室に入ってきた夫は、「側臥位で泣きながら丸まっている妻を見て全てを察した」と後に語った。「タクシーの中では言わなかったけど、もうあの時からこうなるんじゃないかなと思っていた」とも語った。
硬膜外麻酔が入ってから陣痛は嘘のように消えたが、やはり微弱陣痛となり、誘発剤を使用し吸引分娩となった。まさに典型的な経過である。夫そっくりの我が子の、吸引分娩で伸びた頭を眺めながら、母子ともに無事お産を終えられるというのはなんてありがたいことなのだろうと感じた。

さて、第二子の際には迷わず無痛分娩を選択した。計画分娩予定の朝に予定通り入院して、分娩誘発を開始。陣痛がつく前に硬膜外麻酔の留置を行い、準備は万全である。第一子の時は破水のせいもあって前駆陣痛はほとんどなく陣痛が来たのだが、今回は徐々に陣痛に変化していった。痛いなとはっきり思う時点で麻酔の投与を開始してもらい、全開大までほとんど痛みなく過ごせた。感動したのは、痛みがないのに産道を通過しようとする胎児の位置が把握できることである。陣痛に合わせて内臓が押されるような苦しさがあるなぁという時期を超えると、急に恥骨が内側からこじ開けられるような感覚がくる。胎児が骨盤に陥入してくるところであろう。そこで痛みが増してくるので麻酔を追加。しばらくすると肛門が突き上げられるような感覚がきてまた一段階痛くなり麻酔を追加。破水をしなかったので、私の場合は、外陰部にボールみたいなものが挟まる感じがあるなぁと思って覗いてみたら、それは羊水でパンパンの卵膜であった。人工破膜し、そこからはいきむたびに児頭がぐいぐいと降りてくるのを感じ、数回で娩出に至るという、お陰様で理想的な無痛分娩であったと思う。とはいえ、全く何も副作用がなかったわけではない。硬膜外麻酔を入れてすぐから多少の血圧低下はあったし、発熱というほどの熱でもない熱が出た。さらには産後に2−3時間は尿意も感じなくなった。また、麻薬のせいで全身痒くてこれは案外不快だった。ちょっと頭痛もしたような覚えがある。これらはほとんどの場合誰にでも起こると考えた方がよい副作用であるが、自然に軽快するので心配はいらない。

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そんなわけで第二子の出産では痛みを感じることがあまりなかった。最大でも、VASスケールで言ったら10段階で1とか2とかのレベルである。それもすぐ麻酔追加で収まってしまう。第一子だって痛かったのはたったの数時間だけだったのだが、びっくりしたのは、産後の経過の違いである。第二子の方が格段に楽なのである。経産婦だからというのももちろんあるのだろうが、たったの数時間でも激痛というのは人間をこんなにも疲労させるものなのか、と驚いた。第一子の時は、出産後丸一日はほとんど動けない状況だったが、第二子の時は、もう2−3時間後には通常運転だったのである。ありがたいことに元々が安産と呼ばれるタイプだったのだろうけれど、分娩時間としては第二子の方が倍以上長かったのに、疲労度が全く違った。

日本でも、この10年で無痛分娩の普及率は2倍以上になっており、近年では年間6万人以上の妊婦さんが無痛分娩で出産をしている計算だ。おそらく、今後もある一定のところまではこの増加傾向は続くのだろうと思われる。「痛くない」だけで無痛分娩を選択するな、という意見もあるが、「痛い」ことそれ自体が肉体にダメージを与えるのも事実だと身をもって実感した。理想的に済めば、非常に快適で、産後も楽に過ごせる素晴らしい手段である一方、リスクももちろん無視はできない。どんな医療行為にしてもそうだが、信頼できる分娩先で、きちんと説明を受けて自ら選択することが大切であるし、また、そのように選択の自由が広がっていけばいいなと思う。

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