記事作成日:2025年6月6日

※この体験談は、執筆者の先生ご自身の思いや感情を、できる限りそのまま表現いただき、私たちもそれを尊重いたしております。表現、用語などは誤解のないように配慮いただいておりますが、お気づきの点がありましたらご意見いただければ幸いです。

垣谷 有紀
垣谷 有紀
卒後14年目 大阪公立大学大学院医学研究科 消化器内科学教室

1これまでのキャリアについて

私は、研究することに憧れて薬学部へ進学しました。しかし、薬学を学ぶ中で改めて医師である父の偉大さに感銘を受け、薬学部4回生時に、医師を志す決意をしました。薬学部を卒業後、薬剤師としてアルバイトをしながら塾に通い、医学部を再受験して30歳で医師になりました。大学時代の部活の後輩と結婚にこぎつけたのは31歳。その後、内視鏡に魅了されて消化器内科に入局しましたが、当然のことながら、年齢的に「仕事」と「出産」で悩みました。

私のキャリア

図でみると順風満帆に見えるかもしれませんが、仕事と子育ての両立には大きな困難がありました。日本では子育て支援や理解が不足しており、職場には育児をしながら常勤で働く女性医師もおらず、手探り状態での日々でした。子育てについても初めての経験ばかりで、毎日が予想を超えるハプニングの連続であり、自身の処理能力を超える情報量にパニックになりました。当然、家では髪を振り乱しながらひと様にお見せできない姿で過ごしています。「出産後には人生が変わる」とは言われますが、私にとってはまさに、「人生激変」でした。今回は、拙い経験ではありますが、子供が生まれ直面した様々な悩み事と対策について書かせていただきます。

2子育てで悩むとき(子育て編)

子育てで悩むとき(子育て編)

急な子供の体調不良

生後4か月で保育園に入園した第一子は、1週目で保育園の洗礼を受けノロウイルスに感染し入院しました。徹夜の看病で疲労困憊の私も感染し、子の隣で嘔吐し倒れることに。やっと退院しホッとしたころには、今度は主人が嘔吐し吐血をするという、まさに地獄絵図を体験しました。その後、子供は頻繁に風邪をひくようになり、週に2-3回、耳鼻科通院が必要となりました。冬にはRSウイルス感染により10日間40度の高熱が続き、さらに私自身も持病の喘息が悪化し、一時的にステロイドを内服するなど、母子ともにボロボロの数年を過ごしました。

幼少期まで子供は頻繁に風邪を引きます。特に恐ろしいのは、いつ、どこで発症するか予想できないことです。例えば、「休めない仕事の日の朝5時に発熱に気づく」、「保育園へ向かうマンションの1階で突然の嘔吐」、「大切な内視鏡治療中に保育園からお迎え要請の電話」など、本当にどうすればよいかわからずパニックに陥ることがありました。小学生になると、軽症の風邪であれば一人でお留守番が可能になるのですが、それでも、子供を一人で残すのは心配で、仕事中にもこまめに子供と連絡を取り、昼休みに様子を見に帰るなどの対応が必要になりました。

子供が風邪を引くと、大量のタスクが一気に降りかかります。仕事の調整、家族への連絡、代診のお願い、病児保育の予約、小児科受診、各所への連絡、子供の食事の準備、着替えの準備、病児シートの作成などなど大量の情報を瞬時に処理しなければ、職場に多大な迷惑をかけてしまうのです。子供の急な病気の際にすばやく対応できるように、対応策は必ず考えていた方がよいと思います。

→ 対策

夫婦間での仕事の把握をしておく(何曜日は休むことが可能など)。どうしても夫婦が休めない緊急時として、100%預かり対応の病児シッターの契約および他の病児保育施設も数か所登録。

一緒に過ごす時間の少なさ

保育園に迎えに行くと最後の一人になっており、広い部屋に保育士さんと二人でいる姿を見ると心が痛みました。当然帰宅時間も遅いため、十分に食事の用意ができるはずもなく、子供の就寝時間が遅くなり、十分な睡眠をとらせることができません。ベビーシッターさんや家事代行サービスは日本ではまだ馴染みがなく、費用も高いため、利用にはためらいがありましたが、二人目を出産した後は、時間マネジメントに限界を感じ、家事代行サービスを積極的に利用することで、帰宅後に子供と過ごす時間を増やすことができるようになりました。

→ 対策

家事代行サービスの積極的利用を。

小学校の壁

小学校にあがると、一人での登下校が始まり、親としては不安で仕方ありません。マンションを出て電車に乗り、学校まで歩く道のりを想像し、「大丈夫だろうか、乗り間違いなどしてないだろうか」と心配で、毎日学校到着のお知らせを待つことになりました。少しでも遅いとGPSを確認するなどして、やっと安堵するのです。

また、もう一つの大きな変化として、親が家にいない昼間に子供は下校を開始し、帰宅してきます。小1では一人で留守番をさせるも心配ですし、学童へ一人で行かせるのも心配です。とにかく、心配の一言に尽きるのですが、学校へお迎えに来てくれる学童や、お友達と一緒に行ける学童を探し、なんとか放課後の居場所を確保することができました。しかし学年が上がると学校スケジュールも変わるため、毎年、年度末には「夫と自身のデューティ」「小学校のスケジュール」「学童の空き状況」「下の子の保育園のスケジュール」「上の子/下の子の習い事・塾の予定」をすべてパズルのように組み立てて予定表を作成し、各所へ申し込みや日程変更等を行わなければなりません。この時期は特に、処理すべきタスクの膨大な量に「頭が爆発しそう~」と叫んでいました(各所に提出する膨大な量の書類作成や、小さなおはじき1つ1つへの記名も気が狂う作業です)。

→ 対策

子供の安全を担保できるように様々なサービスを導入する、そのための情報収集は怠らない。

様々なハプニング

長期休みに入ると、「学童行ったら閉まってた!(私のスケジュール確認不足)」「お弁当忘れた!(私が作るのを)」「行く学童を伝え間違えた!(私が)」といったハプニングに毎年見舞われます。その都度なんとか乗り越えるものの、親は身体的にも精神的にもボロボロです。安全のためにキッズ携帯を持たせますが、一人でマンションのエレベーターに乗るのが怖いと何度も電話をしてきたり、通学中に鼻血が止まらず通行人や駅員さんに助けられたり、降りる駅を間違えて次の駅まで行ってしまい、泣きながら電話をしてきた時もありました。このように子供の成長とともに様々なハプニングが起こります。多くは笑い話になりますが、時にゾッとするようなこともあり、少しでも間違えていれば大変なことになっていたのではと思うこともあります。日本は保育施設や学童施設が不足しており、子供の安全を担保しながら親が働くことができる環境整備が望まれます。

→ 対策

キッズ携帯・居場所が確認できるGPSは命綱。充電は必須。

3子育てで悩むとき(仕事編)

子育てで悩むとき(仕事編)

研究について

私は大学に所属しているため臨床のみならず、発表や研究をまとめる必要がありました。日中は臨床業務で時間が過ぎてしまうため、研究については深夜にデスクワークをするしかありません。休みの日にパソコンに向かおうとすると、子供が飛んできてキーボードを破壊してしまうので、なんとか子供を寝かしつけた後、デスクに向かい深夜に就寝する日々を過ごしていました。しかし、1年も続けると慢性的な睡眠不足と、子供から頻繁に移される風邪で喘息が悪化し、私自身も体調を崩すようになりました。さすがにこのまま続けるのは無理だと判断し、最近はなるべく睡眠時間を確保するようにしています。しかし、この時期に必死に頑張った経験は、現在の仕事の処理能力に大きく貢献しています。以前は多くの時間が必要だった仕事も、少し短い時間で対応できるようになったと感じています。

→ 対策

“継続は力なり”で、少しでもよいのでコツコツと続けることが大事。

臨床について

専門分野の内視鏡に関しては、ある程度の経験数が必要です。大学院進学や妊娠・出産によるブランクに加えて、時間外の緊急症例に対応できないこともあり、当然ながら経験数は少なくなります。限られた症例数で高い経験値を得るにはどうすればよいか?非常に悩んだ時期がありました。そこで、ノートに1例1例の解剖図と処置内容、必要なデバイスを記載し、手技を終えた後は上司の先生からコメントをいただき、後日復習をすることを徹底するようにしました。この方法は、特に妊娠・出産で一時的に現場から離れる先生方には非常におすすめで、ブランクが空いた後もノートを振り返ることで、知識や手技の感覚が戻るのが早いと感じます。

臨床の面で最大の苦労は「時間がないこと」につきました。お迎えのタイムリミットがあるため、その時間までにすべての業務を終える必要があります。大学では分単位で行動をして、お迎えの10分前に大学を飛び出て、文字のごとく走り、18時00分00秒ジャストに保育園の入り口に到着するという日々です。手前味噌ですが、当医局のママ女医達の“時間を無駄にしない仕事ぶり”は、素晴らしいと思います。とはいえ、ママ女医達はまだまだ学年的にも若く、自身で調整できる範囲には限りがありますので、いかに仕事を効率化し無駄を省くかが大切になります。

「仕事・育児・家事」を24時間内にこなすには少しでも無駄を省くしかありません。私は生活環境を工夫することで、5分でも仕事に長く携わることができ、5分でも家事を減らすことができ、5分でも子供の世話に時間を割くことを念頭に居住地を選択しました。前述した子供の急病時や、子供が一人でお留守番している際にも、これは非常に役に立ちますのでお勧めです。

→ 対策

自宅-保育園-職場の導線を短くする(できれば10分内)。職場内での行動は極力効率化できるように毎日計画をたて、1分でも無駄な時間は省くことを心掛ける。

やってよかった工夫
  • ・人生設計の早期立案(出産、専門医、博士習得の時期を計画的かつ最短で達成)
  • ・託児所のある病院勤務(授乳の面で必須、学生の時期から情報収集)
  • ・自宅-保育-職場の導線を短くする
  • ・2時間以内に100%かけつけてくれる病児保育の契約
  • ・遠方の祖母の最大限の協力
  • ・家事は積極的に外部委託
  • ・毎週宅配される食事キットの活用
  • ・習い事ができる学童の利用(できれば送迎可)
  • ・ママ友作り(情報収集は必須)
  • ・内視鏡ノートの作成
  • ・夫が家事子育てをするように教育

番外編

職場について

私と友人は、所属医局で初めての育児中女性教員となりました。ただし独身のころと比べると働き方は大きく変わり、早出や居残り、オンコールや当直等、頻回に数をこなすことが難しい状況です。処置が難渋した際に、上級医の先生へ引継ぎ、自身は子供の迎えに急がざるを得なかったこともありました。自身の患者さんに責任をもって向き合いたいという気持ちと、一方で子供の母親は自分しかいないというジレンマをかかえ、24時間対応ができないのであれば常勤ではなく非常勤になったほうが患者さんや職場に迷惑がかからないのではないかなど、さまざまな葛藤がありました。しかし、このような子育て中の女性医師を「十分頑張ってくれている、そのままでいいから」とスタッフとして採用してくださった医局や、サポートしてくださる多くの先生方のおかげで日々悩みながらもなんとか現職を務めさせていただいていることに心から感謝しています。最近では、コロナ禍を経て、体調不良で病欠とならざるをえない状況が増えたことや、男性医師も家庭への関わりが増えてきていることもあり、男女問わず全員でフォローをする体制ができている印象です。

今回、育児中女性医師をスタッフに登用いただいたことについて上司の先生方にお伺いさせていただきました。

  • ・大学として女性管理職の割合を増やす目標が示された。
  • ・子育て女性医師も男性医師と同様に臨床面だけではなく、研究や教育への貢献ができている。
  • ・子育てについては代替えが難しい一方、臨床では代替えが可能な内容が多く、一人ではなくチームで患者を診ている。
  • ・「今」を考えるのではなく、自身達が去った後の「将来」を見据え、大きな視点で考える必要がある。今後女性医師の採用なくては医局が存続できない。
  • ・性別ではなく、「個人」としての素質・モチベーション・医局への貢献度が評価されるべき。
  • ・働き方改革もあり、男女ともに時間外は主治医ではなく当直医による対応が必要となっている。

このようなご意見を伺うことができました。子育て医師にとって、周囲の先生方の理解が非常に重要となりますので、このような環境で仕事をさせていただけることに感謝しかありませんし、多くの施設において子育て医師が安心して働ける環境が整備されることを願います。

4最後に

働く女性は、8時間勤務後に、さらに8時間の家事や育児を行う、まさに超人です。しかし、恐ろしいことにこの超人を作り出す“女性が家事育児をするべきだ”という社会的な潜在意識の呪いは、まだ解けそうにありません。私は今でも、仕事をセーブし、子供の帰宅を家で迎える生活の方が良いのではと感じることがあります。しかし、これまでに私を応援して背中を押してくれた恩師の先生方の期待や、何よりも私が論文執筆や発表練習をしている姿、診療をしている姿をみて「お母さんお父さんみたいになりたい!僕も同じ病院で働きたい!」という子供の言葉が、私の原動力にもなっています。仕事と家族が傍らにあるからこそ、人生に輝きが増すのであって、自身から何かが欠けてもつまらない人生になっていたでしょう。しんどいからこそ楽しいのだ、私はそう思います。

また、働く女性への追い風として、過去と現在では明らかに価値観が変容し、常識はどんどんアップデートされています。例えば、主治医制からチーム制へ、夜間は当直医対応へと変化しています。ですから、女性医師のみなさん。出産・育児と仕事の両立の難しさに直面した時、もし少しでも働きたいという気持ちがあるなら、決して諦めないでほしいと思います。仕事と子育てのダブルワークは辛いことも多いですが、子供からは毎日あふれんばかりの最高の幸せをもらうことができるので、総合して最高に幸せです。

様々な考え方・生き方があるかと思いますが、妊娠した時に読むマニュアルを読んでいただき少しでも勇気を得てくれる方がいれば幸いです。

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